江戸時代から北陸街道の宿場町として栄え富山市にある35の『メルヘン建築』は、「文化的価値を持ち、地域の人々に親しまれ、愛される建物を作りたい」という松本正雄小矢部市長(1976~86年在任)が西洋風の有名な建物を真似て建てられたメルヘン建築物。
建築前は『税金の無駄遣い』と市民の反対も一部ありましたが「津沢保育所、蟹谷中学校、石動中学校、津沢小学校、大谷中学校」・・。など35のメルヘン建築を建築。周囲の自然環境にも配慮。地域の特性を生かし 風光・地形・排水、地盤などに特に配慮されて建てられたことでも知られている。
当時のマスコミに取り上げられて全国に知られるようになり、今では「メルヘンの街」と呼ばれ観光資源だけでなく建築理念の一つの典型として取り上げられることが多い。